2011/08/06

人生ゲーム(Aya)

しばらくぶりの本格的な夏の暑さが戻ったきょう、出発に向けた最後の荷造りは汗だくの作業になった。

引越荷物は出してしまっているので、残っているのはわずかな衣類や生活雑貨類、加えてお餞別でいただいたギフトの数々。中型&小型のスーツケースに、小さなダンボールを足せば余裕で入るはず。

だった。

Yuuが、最近になってジジババに買ってもらった「人生ゲーム」を意地でも持っていくと言い出すまでは・・・・。

ボードゲームというのは中身がスカスカでも箱がデカイ。そのくせ、これ以上折りたたんだり平らにするのは難しい造りになっている。結果、人生ゲームは中型スーツケースの反面を占拠してしまい、なんとも滑稽な感じの旅荷物が出来上がった。

AyaHideの人生の転機に、ムスメが人生ゲームを携えて行くのも、何かのサインのような気もして面白い。コマとしてつかうプラスチックの自動車にはピンクのピン2本とブルーのピン1本。さて、ルーレットは私たちをどのマスに連れて行ってくれるのでしょう。

地球が破滅するわけじゃないし。(Hide)

アメリカ西海岸に赴任することが話し出てきて、この数ヶ月、本当にいろいろ考えさせられることがありました。仕事に対する考え方、そして仕事の中身、Ayaの仕事のこと、Yuuの学校のこと、テニスのこと、ここSilicon Valleyでの生活、ついでに車のこと(笑)。

まずは仕事。
大きなことなんて言えないけど、1年前スウェーデンから日本に帰ってからなんだか日本の流れを変えないといけないと感じていました。今いる会社、親会社、そして日本の同業会社。少なくとも流れを変える努力をしないといけないと。でもしょぼい話ですが、正直、それを周りにはなかなか言えるものではありません。じゃぁ、何ができるんだ、ってことになりますので。
ある人が日本のことを日本人自身がリスクだと表現していました。それは、現場の力が非常に強く(それ自体は重要なことなのですが)その現場を方向付ける力が弱いために現場の言い分に負けてしまい、本質的な方向転換ができない。それをリスクだと指摘していました。本来、方向を示すべき層が現場を守ることを盾にとって、方向を示さずにそれがあたかも正しいかのような話をする。しかし、状況は少しずつ少しずつ悪い方向に向う。縮小均衡の道をたどる。そういったことを指していました。現場力が強いだけに急には崩壊しないわけです。なんだか茹で蛙です。
自身の会社での役割は、方向性を示すためにいる方のサポート役です。これまでの経験から現場で働いた方が毎日血気盛んでやり甲斐もあって、うまく行けば周りからも認められることも知っています。どうすべきとかちょっと先のことをいうことがどれ程現場からみたらアホらしいか、自分でもよく判っているつもりです。が、今回、赴任しようと思ったのは、なんとか方向性を作り出し、示そうとしている方から手伝ってくれと頼まれたからです。すでに2年以上一緒に仕事した人ですから、どういった遣り方をして、一方でその遣り方のために自身がどう苦しむかも判っていました。でも冒頭に書きましたが、ちっぽけな自分の思いだって、簡単に屈していい訳はありません。苦しいのは判っていましたが、一歩でも前に進められるようやってみよう!それが赴任を決めたポイントでした。

しかしっ、先週、その上司が急にこの会社から、親会社に帰るということになりました。声をかけていただき、一緒に仕事しようと思っていた矢先です。晴天のヘキレキです。人事な仕事をしているAyaの仕事には早速大きなインパクトがあります。私自身にもあるのでしょう。話を聞いたときにはどこからどう整理すればよいのか判りませんでした。急遽帰任?その場合はYuuの学校は?家のことは?日本での学校は?家は?我々の仕事は???(Aya、ほんとわりぃ)

でも、待てよ。そもそも何をしにここに来たのか。もちろん大きなドライビングフォースが内部にいなくなるのかもしれないですが、その方は同じ大志を続けていこうと考えているし、必死に頭を使おうとしているところは何も変わってないじゃない。自分の力はほんとにちっさな力です。でも、思いの丈を捨てる必要はないはず。こんな状況だけど、できることをやって行こう、と思ったりしています。

大学、大学院のとき非常に仲良くしていただいた当時助手(ってなんだか変な名前だね。)だったO先生(現大学教授)がよく一緒に実験をサボるときに言っていたのは、「イッシー(当時この方が私を命名)、別にさ、地球が破滅するわけじゃないし」という言葉を思い出します。ま、いろいろあるけど、気楽にそしてしなやかに、しかも粘り強く行こうと思います。

マルモリコンビ?!(Aya)

ロンドンに渡って7年になる大学時代の友人、じゅんが一時帰国。私の出国までのわずかな時間を縫って再会を果たした。

前回会ったのは昨年夏。Wimbledon観戦でロンドンを旅行した際に半日ほど遊んでもらった。長男のトモ君はYuuと同学年。昨年会ったことももちろん憶えててくれた。食事中のこの1枚は超!!カワイイ。マル・マル・モリ・モリの福くんとマナちゃんにも負けず劣らず(?)

しかし、じゅん、トモ君の下に2歳のハル君と、9ヶ月のマナミちゃんをもつ3児の母。しかも今回は独りで3人抱えての帰国っていうから尊敬です。久しぶりの日本で愉しい1ヶ月を。

2011/08/05

15年の第一部に幕(Aya)

8月5日。予定していた最終出社日の昼を過ぎても、諸関係者との調整が結論に至らないままだった。日本、アメリカ、スウェーデンに関係者が点在していること(時差)、夏休みシーズンであることもあって、調整にやたらと時間ばかりかかる。ただ、8月8日に出発すると心に決めてある私はそれなりに気持スッキリ。

午後になってもよく分らない状況が続いたが、さすがにそれでは困る。周囲の同僚たちが心配してくれている様子も感じるだけに、他人任せではだめだと、自ら結論をツメにかかった。

結論。予定通り8月8日付で退職し、渡米すること。現地での私の職は到着後、沙汰をまつ。

最後まで、自分会社の上からも、親会社のエラい人からも、「いいから先ずは行っておいで」の一言はもらえなかった。「絶対に行くな」、とも命令されなかった。「君のために行かないほうが良いと思うよ」という彼らのアドバイスに込められた会社の都合も理解できるが、どうも、いいようにコーナーに追い詰められた感も否めない。

これが、会社の人事ってやつなんだろう。そんなドラマを真ん中から経験(観察)することができたのを幸運に思うことにした。今後も、会社は違うかもしれないが社会のどこかでは人に関わる仕事をしていくつもりでいる。この経験はどこかで生きる。

同僚、先輩、友人の励ましを背にオフィスを後にする。見上げた社屋は実際の形状以上に四角四面の無機質な存在に思えた。最後の呑み会に向かう路上、肩からスッと心配事が滑り落ちる感じがして気が楽になった。

2011/08/03

恩師、15年を経てなお(Aya)

7月30日に開かれた大学のゼミのイベント。後輩たちを応援しに参加する計画にしていたが、自分と家族の行く末に大きな不安がある中そのような気分になれずドタキャンしてしまった。

他にすることもなく家でモンモンとしていたところに、届いたメールは恩師の花田先生から。

「大変な状況になっているのをお聞きし、心配していました。」

想像するにそのイベントの最中のはず。学生がプレゼンテーションしてる合間?とにかく気に掛けていただけているのが嬉しかった。それから数通を立て続けに交わす内に、あっという間に私がすべきことの優先順位が整理でき、しかもその順位どおりにアクションを起こす勇気がわいてきた。

言葉は多くない。むしろ曖昧で感覚的な表現をされる方(学生の時は煙にまかれるような指導に苦労も・・)なんだけど、いつも確実に本質を射ている。社会人になって15年、色々な節目で先生の言葉に励まされたり諭されたりしてきた。

Planned Happenstance Theory (計画的偶発性理論)を提唱する先生。
予期せぬことがキャリアを左右する。予期せぬことが起きたときにそれを最大限に活用する。偶然を積極的に作りだす(引き寄せる)好奇心、ねばり、ポジティブ思考、適応力と柔軟性をもつことが大事。

全部、今回のことに当てはまる。つまり、チャンス到来。

2011/08/02

大量の追加接種(Aya)

国ごとに予防接種のルールは異なるとはいえ、日米ではかなりの差があることがわかった。

小学校入学に必須とされるもので、日本のルールにはないから不足してしまっていたのは、B型肝炎(2回)、ポリオ(2回)、三種混合(1回)。それぞれに所定の期間をあけて接種せねばならず、出発ギリギリになってようやく完了。日本検疫衛生協会なる場所(パスポートセンターに隣接)に3回も通うことになった。

到着後はツベルクリン検査が待っている。陽性が出れば結核を疑われ、なんとレントゲン検査 + 投薬らしい。日本はBCGを接種するので陽性が出る可能性もあるんだとか。

Yuuが注射嫌いじゃなくてよかった。が、こんな小児に無意味なレントゲン検査をさせるのは嫌だナァ。小学校に行けないよりはマシだと思って、やれと言われれば従いますが。

ルンガル(Aya)

とても愉しみにしていたルンガル会。ルンガル=Lund Girlsの意で、メンバーは皆スウェーデンのルンドに赴任経験がある。不定期で集まる機会、今回はAyaを囲む会という名目にて開催してくれた。

日本から赴任するのだから仕事がデキる女性たちであるのはもちろんのこと、独身で赴任した人、結婚してたけどパートナーを置いて独り赴任した人、任期中に結婚してしばらく別居してた人、帰国してからシアワセな結婚生活を手に入れた人、などなど、プライベートでもツワモノぞろい。

個性があって、自立し、意思のある同輩たちとの会話はいつもテンポよく軽快で、笑いも皮肉も富んでいて、そして優しくあたたかい。

ルンドの思い出話、今の仕事の話、会社の将来、家族、恋愛 ・・・・・ プラス、呑むわ食うわ。

こういう類の集まりってのは、当分ないんだろうな。

2011/08/01

Farewell Gift(Aya)

連日の送別会。今回のゴタゴタもあってキャンセルになってしまうものもあるけど。

自分から声をかけて開いているものもあるし(厚かましい)、誘ってもらうものもあるが、愉しいひと時を過ごし、励ましのことばをかけてくれる人たちに囲まれているのは本当にありがたいこと。

週末にテニスの友人が開いてくれた女子会(というかオバサン会)では5年生のカホちゃんからYuuへ、手作りのぬいぐるみのおせんべつ。こういう贈り物はめちゃグッとくる。ほかにも、わざわざ修学旅行先の日光で、Yuuのことを想いお土産を選んできてくれるお友達など、Yuuが赤ん坊のころからかわいがってくれた昔馴染みのお姉さんたちの思いやりに感謝。

嬉しそうに微笑むYuuの横顔はもう、次の生活をみすえている。不安や淋しさもあるけど、新しい生活への希望に、小さな胸はふくらんでいる。新しいガッコウ、新しいテニスクラブ、新しい家、ともだち。

今回の騒動のことは彼女には話していない。がっかりさせるような結果には、しないぞ。

2011/07/31

混乱Goes On(Aya)

HideのUS赴任のきっかけにもなった人物が、急遽現職を離れ親会社に移ることになったことに端を発したIshikawa Familyの不安な状況は、8月に入っても継続中。

究極の公私混同ともいえる状況にあるのがAya。当事者会社の人事部に職務をもちながら、同時に、今回の人事によって影響を受ける社員の配偶者でもある。まして、会社としてのスタンスと個人として望むことが対立しているとくれば、心静かに成り行きを観察するなんて心境には到底なれない。人事の仕事をしているが故に、単なる家族であれば絶対に耳にしない情報が入ってくるのも、今はややこしさを増幅するのみ。

この仕事をやってて、配偶者が社内にいれば、いつかは経験することだったわけですが....って、この瞬間も冷静なのはタイプしているこの手だけ。

7月27日~31日の5連休で、いろいろいろいろと考えた。Hideとは昼夜電話で話しをした。複数の信頼する人物に相談をした。

結果今の時点で、AyaHideの結論はクリア。私たちのアメリカでの生活は予定通りスタートする。それを止める客観的理由はひとつもない(Hideの職務に関する会社の方針が具体的に定まっていない)。仮に横浜にとどまったとしても、元の生活には戻れないところまで手続が進んでいる(家は退去している。Yuuは元の学校には戻れない。)

今回の人事の当事者であるAyaHideの勤める会社とその親会社の偉い人たちにはそれぞれに意図があり、望まずともそれを耳にする立場にいるけれども、それを私たち個人のリロケーションをどうするかを判断する材料にしていたらキリがない。どうなるか分らないのであれば、リスクを理解のうえで敢えてそのリスクをとって初志貫徹しようと思う。それが親としてYuuにしてやれる最善のことだと信じている。当事者である偉い人たちの意向には反発することになるかもしれない。でも組織人と家族という2つの立場の利害が一致しないのであれば、家族を採る。迷うことなど初めからなかったのかもしれない。

独りで考えていたらここまで割り切れなかったと思う。中立の立場から意見しアドバイスをくれる親しい友人、先輩、恩師などのありがたい人間関係にとても助けられた。
  • 『いろいろ考えてアクションをとらないより、アクションをとれば次のステップにもつながる。色々な可能性をエンジョイする気持ちをもつことが重要。どうしようもなくて戻ってくることになれば、その時にはちゃんと相談に乗るから。』
  • 『後になって残るのは、結局のところ何が正しかったか?ではなく自分で選んだかどうか?だと思う。後悔のないように。』
  • 『どんな時も家族3人が一緒にいるのがIshikawa家のやりかたですよね。苦しいこともAyaさんとダンナさん一緒に考え抜いてください。』
やれるだけやって、もしダメでも、後悔はしないだろう。自分で決めて行動に移すのだから。物事を正誤だけで判断できる状況ではない中、どんな時も家族いっしょにいようという流儀を通すのだから。

人事はミズモノ、会社は理不尽と嘆くよりも、進んで道を拓いてやろうじゃないの。

とはいえ、個人が決めたからってスンナリとその通りになるものでもない。今週一杯どんな悶着を経て結論を導くに至るのか、まだ分らない部分も。

これも経験のひとつとして蓄えて、そのうち、池井戸潤さんバリの企業小説でも、書いてやるかな。