2012/01/05

研究熱心(Aya)

自分が試合をするようになってから、Yuuのテニス観戦が大きく変わった。

まずは、とにかく観戦が好きになった。以前はテレビで観ていても会場に連れて行っても、割とすぐに飽きてしまっていたのだが、今は「もう止めなさい!」といわれるまでいつまでも観ていられる。

年が明け、各地でシーズン最初の大会が行われているが、我が家ではインターネットのストリーミング放送でカタールオープンの視聴が可能。時差があるので、朝ご飯~登校時間までが観戦タイム。すなわち、ご飯をボロボロこぼしながら食べて、Ayaに叱られる。

試合がないときはYouTube。“Wimbledon Super Shot” などの検索キーワードを入れると出てくる、トップ選手のスーパーショットのショートビデオをキャーキャー言いながら観察している。

観戦中の発言にも違いが出てきた。「そこ、次、ダウンザライン!!」と選手の戦術を先読みしたり、「一本前のクロスが深くてよかったよね~」
とポイントを分析したり。単にボールの往来を追うだけでなく、選手の動きやフットワーク、ラケットの振り方を研究しているようにも見える。

テニスに限らず多くのスポーツで、「練習と試合はまったく異なるスポーツだ」などといわれるが、この子の反応を見ていると本当にそうだなと思わされる。来月サンノゼで行われるSAPオープンでは、マッケンローのエキシビジョン、準決勝、決勝の3試合分のチケットを購入済み。会場でどんな反応を見せるのか、楽しみ。

“I think Federer is the most beautiful player in the world. I wish he was younger so that I get to play with him!!” 

身の程知らずの夢を語る目はキラキラ。AyaHideはその目にメロメロ。

2012/01/03

Cacti in Arizona Desert (Aya)

初めてのアリゾナでみたサボテンは20種類を超えた。砂漠の地であることは聞いていたが、これほどバラエティに富むサボテンが観察できるとは。

中でも印象深かったのがSaguaroという種類。和名は弁慶柱(べんけいちゅう)なのだとか。その名の通り大きい。高さ3~5メートルなんてザラ。それがあちこちにボコボコ生えている風景はなんとも不思議な感じ。

雄大とも言えるし、左右上下に伸びた枝の表情がなんとなくひょうきんでもある。どこまでも続く荒野に群生する彼らの姿は、なんとなく人間のように見えたりもする。悪く言えば、人柱、みたいな。


樹齢100年をこえるのは当たり前というこの弁慶柱、幹の中はとても固い木でできていて、インディアンたちの家を建てる材料に使われたのだとか。




2012年は辰年。サボテンの昇り龍で記念撮影。Hideの大厄は終わり、あとは後厄をやりすごすのみ。

きっと飛躍の年になるのだ。







再会その2(Aya)

Ayaが高校2年生でアメリカに留学したのは1990年のこと。ノースダコタ州のファーゴという町で11ヶ月を過ごし、地元の高校を卒業した。その時にホストファミリーとして面倒を見てくれたのが、Feil夫妻、Vern(父)とDarlene(母)。

帰国直後の正月に日本に遊びに来てくれたのが1992年のこと。その後もクリスマスカードやメールでのやりとりは継続していたのだが、さすがにノースダコタを訪れる機会はなく、なかなか会えずにいた。2005年に寒いノースダコタ州を離れ、アリゾナ南部にある引退したシニア専用の町に移り住んだ彼ら。ようやく「ちょっと会いに行ってくる」距離になったので、冬休みを活用して出かけることにしたのである。
熱烈に歓迎してくれた彼ら。20年を経てもほとんど変わっていない。もう80歳も近いというのに、本当に元気。引退後も様々なコミュニティ活動に参加したり、好きな料理を愉しんだりして忙しく過ごしているのだという。会うや否や、20年前のエピソードが出るわ出るわ・・・・・Ayaがこんな事を言ったとかあんなことをやったとか、ぜーんぜん覚えていないような小さなことまでよく記憶している。うれしいやら恥ずかしいやら。Yuuには事前に「アメリカのじーちゃんとばーちゃんに会いに行くよ」と説明。最初は???顔だったものの、会うとすぐに慣れ、いつのまにかGramma(おばあちゃん)と呼び、手をつないで歩くほどになっていた。どうやらYuuから手を差し出したらしく、それがDarleneの琴線に触れたらしい。すごく嬉しそうにしていた。
2泊の短い滞在中、アリゾナ(砂漠)の自然を堪能できる国立公園に連れて行ってくれたり、当時の私の好物だったリンゴのパンケーキを作ってくれたり、Yuuのカード遊びに付き合ってくれたり・・・・。Hideが「これまでで最も健康的に過ごした年越しだった」と称した休日は、穏やかであたたかいものになった。