東日本大震災から3年。色々と変化が続いているせいか、3年よりももっと長い年月が経ったようにも感じる。
被災地の真ん中で、現在も不便な生活を強いられている人たちや、家族を失った悲しみを抱えて暮らしている皆さんには、心からお見舞い申し上げたい。震災後に起こった原発事故に関連し、健康に不安を抱えている方々、事態の収束に懸命に努力している関係者の皆さんの心労は想像を絶する。
私個人の経験はというと、上記のいずれをとっても「・・・だったかも知れない」の域を出ない。
大きな揺れに、初めて「私、死ぬかも」と思ったこと。
独りで下校中だったYuuの消息が確認できない事態となり、涙と震えが止まらなかったこと。
爆発をおこす原子炉の映像をみて、せめてYuuだけは、と広島の実家に退避させたこと。
本当の被災者からみれば足元にも及ばない経験でしかなかったが、それに想像力が加わることで、当時は深い悲しみや酷い恐怖を味わった。何より、自分が平和ボケしていたというか、死ぬということについて無頓着だったのを思い知らされた。何ひとつ明るいニュースがない毎日や、一体誰が正しい情報をもっていて、何を自分の行動の指針にしたら良いのか分からない日々に、途方に暮れてしまうこともあった。
でも、いつの間にかまた、毎日を普通に生きるペースを取り戻した。
しかし、今の私、何事もなかったのように毎日を普通に生きているのとはちょっと違う気がする。わずかでも死を意識したことで、人は一度しか生きないのだということや、人生は長くないのだということがいつも頭の端にあると思う。恐怖や絶望感から普通のペースを取り戻す過程で、大切なのは目の前のやるべきことを淡々とこなすことなんだということも実感した。
2011年3月11日のことは、これからも毎年思い出して、その度に少し立ち止まって過去を振り返るだろうと思う。多くの人が不慮の死をとげた出来事を経て、生き続ける機会を与えられた私は、ちゃんと前を見て、一歩ずつ歩みを進められているだろうか。