2012/09/21

スペースシャトル時代の終焉(Aya)

スペースシャトル「エンデバー」が引退に伴う記念飛行でベイエリアを訪れるという話を聞いた。これは見逃すわけにいかない、と電話したのはYuuの同級生のお母さん。彼女は今回の飛行ルートのひとつであるNASAの研究センターに勤めている。

「チケット?!あげるわよっ!」とすぐに発行してくれた彼女。会社を遅刻する理由をでっちあげるまでにそれほど時間はかからなかった。

9月21日(金)。それまで数日続いた朝霧は今日は早い時間に晴れ、会場となるNASA研究センター (自宅から10分ほど)には7時半過ぎに到着した。

朝晩の冷え込みが強くなって、秋の気候。うろこ雲が穏やかな朝日に映えてまぶしい。そういえば、明日は秋分(first day of fall)だ。

会場到着が予定飛行時間の1時間半前とあって、入る時はスムーズだったものの、午前9時を回るころには驚くばかりの人出。主な地元メディアも勢ぞろい。こんなにたくさんの人をこの地でみたのは初めてかも。イベント司会によると20000人を越えたのだとか。

この研究所以外でも、サンフランシスコ市内ではゴールデンゲートブリッジの上空を飛行するという企画があったらしい。後にラジオで聞いたところによると、いわゆるビュースポット以外にもあちこちでエンデバーの最後の勇姿を見ようと出かける人たちで道路状況はかなり混乱したらしい。

修繕作業が開始される前のHangar One当初の予定飛行時間は9時~9時半だったのだが、実際に目撃を果たしたのは10時半を過ぎてから。滑走路に沿って飛来するのかとおもいきや、現れたのはその後ろの方向だった。

狙ったのか偶然か、スペースシャトルを模して作られた格納庫(すべてのシャトルが引退した現在は、骨組みだけになっている。右写真は以前の姿。)の上をかすめるかのようなルートをとる。

椅子の上に立って反対側にカメラを構えていたHideが、必死のボディーターンで撮った1枚。素晴らしい。若いころに憧れた向井千秋さんのご主人が書いた本に、シャトルがどのように移動するのかを説明する部分があって印象深く覚えていたが、まさかこの目で目撃する機会がくるとは。スペースシャトル時代の終焉に、アメリカで、NASA施設の近くに住んでいなければできなかった経験。嗚呼、自分はアメリカに住んでるんだ。

引退フライトだと思って見るからか、小さくなったお爺ちゃんが子どもに背負われているような、少し寂しげな画に見える。いや一方で、大きな仕事をやり遂げた先人が “Chin up!! (元気出して!)”と、ここからの未来を見据え、未来をつくっていくべき世代(私たち)を励ましているようにもみえる。

待ち時間3時間、フライト目撃時間は1分未満。でも行ってよかった。エンデバーはこの後、常設展示される予定の博物館(ロスアンゼルス)に向った。

2012/09/19

39回(Aya)

39歳になりました。

腹を括って前に進もうと誓った1年前の誕生日。

その後、11月に私が退職、6月にHide退職、次の仕事の準備(Hide)、就職(私)、永住権取得と、仕事に関する状況は大きく前進し、一歩一歩志した姿に近づいているように思う。なにもかもが不確定要素だった時期からは脱している。しかし、未だ落ち着いたとはいえない流動的な状況。駐在員から永住者としてのマインドセットの切り替えはできているつもり。あとは2013年1月以降もここで生活していけるよう、知恵と体力をしぼっていかなくては。

娘Yuu。彼女のテニスに関しては改めて要約する必要もないかもしれない。練習試合すらしたことのなかったテニス好きのちびっ子が、公式戦40、練習試合を加えたら軽く100を越える試合を経て強く大きく成長した。学業についてもトップとはいかないが遅れることなくきちんと習得している。学校でもテニスクラブでも、友達や指導者に好かれる気持ちの良い子どもに育っていると思う。なにより、本当に身体が強く健康優良児そのもの。

一世一代の挑戦なのか、中年の危機(Middle Age Crisis)なのかはさておき、人生の後半に入ってサラリーマン街道から大きく舵を切ったHide。「なぜ自分はアメリカに来たのか」の原点に回帰しながら新しいことを興そうとする姿は、かつて会社の方針に疑問を抱きつつ何かを変えてやろうしていた時よりずっと生き生きしている。見守るのは辛抱強さが求められる一方で、一度きりの人生をそうやって生きることができるのは素晴らしいことだと思う。

たぶん私のような臆病者は、人生の後半に入ってまで根本から何かを変えようなどと思わないだろうから、「大器晩成型」と評される彼の船に相乗りしながら、果てしない未来をもつYuuに親としてできる限りのことをしながら、頭の中にあるささやかな野望を形にするために動き出す時期を見定めていきたいと思う。

来年の誕生日にこれを読み返し何を思うのだろうと想像してみたが、まったくもって予測不可能。先が読めないことを嫌う性格の私が、この状況を面白いと感じるのだからたいしたもんだ。

日本その他各地から、陰になり日向になり支援してくれている家族友人のみなさまには、本当に感謝です。このお返しはいつか必ず・・。 2012年9月19日 石川 史

2012/09/16

ふつうに忙しい週末(Aya)

試合のない週末。いつもよりは少しゆっくり起きることができたが、溜まっていた「やるべきことリスト」をこなすのに忙しい。

掃除洗濯はHideAyaの宿題。その間Yuuは公文の宿題。「朝練するか?!」と張り切っていたHideだが、そんな時間は到底なかった。

3ヶ月ぶりの散髪は10時から。HideもYuuも文字通りボウボウになっていたが、久しぶりにスッキリ。来週の学校の写真撮影に間に合ってよかった。 Yuuは今回、いつもの超ショートではなく、ショートボブ的な仕上がりになっていた。2人を待つ間、私は日本食スーパーで1週間分の買い出し。

昼食をはさんで、溜まっている学校の課題に着手。Passport to California とよばれるこの課題、約1ヶ月かけて5分間のプレゼンテーションを準備する。お題は家族の移民史とでも言おうか、一家(先祖)で最初にカリフォルニアに移ってきた人物の立場で、移民してきた時の出来事やそれ以前に住んでいた場所の文化風習について語るというもの。

課題設定がなんともアメリカらしいが、我が家の場合移民してきたのは先代ではなくYuu本人。プレゼンテーションは本人の立場でやることにした。

地図や写真、衣装その他小道具の材料を集めたり、プレゼンテーションのアウトラインから台本を作成したりで、数時間をすごす。学校からは課題の説明が記されたプリント2~3枚が配布されたのみで、あとは授業で取り上げることもなく、自宅で準備をして本番に臨めとのこと。これも何ともカリフォルニアらしい・・・。

なんとかメドが立つところまで準備して、「あぁ疲れたちょっと昼寝でもするか」と15分ほどウトウトしたのもつかの間、午後5時には仲良しのSistine(システィーン)が遊びに来る。今日はそのままお泊りの約束。サッカー選手のSistineとテニスのYuu、学年でもスポーティー女子2人組として目立っているらしい。

おもちゃで遊ぶ合間に、餃子づくりの手伝いをしてもらった。スポーツ少女とはいえ9歳女子2人、なかなか役に立つじゃないの。

庭にホットプレートを出しての餃子ディナー、子どもたちのWiiゲーム、元同僚とアメフト観戦に出かけていたHideの帰りを待って2次会などなど、その後も続いた小さな出来事がすべて終了すると夜中の12時を回っていた。

明日はテニスでもするか。