2011/07/23

1年きりのスウィートホーム(Aya)

スウェーデンから帰国したときに住み始めたマンションは、1年足らずで退去することになった。

リフォーム、船便の到着などの準備期間を経て、住まいとしてちゃんと機能するようになったのは2010年も末に近づいてからだったから、満喫からは程遠いレベルのまま。

古いけど広さ抜群、坂と階段さえ気にしなければ駅近、西日がキツいのか日当たり良好なのかは気のもちよう。いずれにしても、心底気に入っていた家なので、ちょっと残念。

もちろん手放さず、転勤者住宅として会社に借り上げしてもらう。良い住み手に恵まれ、戻った時に傷んでいないといいんだけど。

2011/07/21

Yuu / Summer of 2011 (Aya)

このBlogを終了するときに比べる材料になるかなと思い、Yuuの最近の写真を。
1年間通ったYokohama International SchoolのGrade2終業式に、電車通学トモダチと撮った1枚。

身長118センチ、体重21kg、靴のサイズ19センチ。

小さいのは相変わらず。でも、着実に成長しています。健康優良児なのも変わらずで、Perfect Attendance(皆勤賞)を成し遂げ鼻高々。運動が得意で、歌うのが好き。文字よりは数字に興味があり、女の子より男の子と遊ぶことが多い(「おんなのこのトモダチはめんどうくさい」らしい)。

USではSilicon Valley Tennis Academyに入会予定。七夕の短冊に記した「せかいで3ばんのせんしゅになる」という目標に向かって、愉しみながらがんばって欲しい。

2011/07/20

これも順番(Aya)

海外リロケーションには、山のような手続が伴う。

3年前の渡瑞、1年前の帰国に引き続き、今回の渡米に際しても、やはり山のような手続が短期間にどばーっと押し寄せた。

VISA関連はもちろん、引越、家のプチリフォーム、清掃、賃貸、保険、銀行(送金)、新居契約、Yuuの学校、予防接種、フライト手配などなどなどなど。

会社が手引きしてくれるだけ、環境には恵まれているほうに違いない、が、それでも。

3年前、1年前と違うのは、今回は(なんと!!)Hideがそれらを主導したこと。そしてさらに驚くべきことに、現時点では特段の落ち度なく進捗していること(!!!)。『そりゃ、今回はアナタが赴任者本人なんだから、やってよね』と言い出したのは私だし、やりゃできる、のは分っていたけど。

引越屋さんが作業する傍らで追い込む姿には、ちょっとAyaにはあり得ない一夜漬け型が現れていたけど、さいごは帳尻が合っちゃうところが、Hideの器用なところ。

我が家のマメ男エンジニア君は、実は事務も出来ちゃうマメ男エンジニアなのでありました。

じゃ、私のValueは何なんだ?! 十八番が取られてしまった気分。

2011/07/19

辞めようが休もうが(Aya)

今回の渡米(Hideの赴任)に際しては、Ayaが日本の会社を退職し、現地でローカル社員として入社するというパターンとなる。そう、3年前のAyaのスウェーデン赴任時の真逆パターン。
  
実は3年前も今回も、この結論に至るまでの過程で、会社のマネジメントに対してひとつの問いかけをしている。

"配偶者の転勤に伴う個人のキャリア継続の課題、会社の人材流出の問題にどう対応するのか"。

結論は前回も今回も同じ。

"対象となる個人の出来・不出来に関わらず、特段の配慮はしない"。とのこと。

私やHideにとっては、退職しようが休職扱いになろうが、大差はないと思っている。与えられる機会ごとに努力して成果を出していれば、おのずと次のチャンスがやってくるのだということを、経験で知っている。

でも、これまでも色々なかたちで、家族をもつ者としての働き方とは?を問いかけ、提案してきたのだから、今後も問題提起は続けてゆきたいと思う。

退職願なるものを初めて記した。3年前も今回も、はたまた遡って私たちが子どもをもうけたときにも、働き方を考える上でサポートしてくれた元上司のことば、「いずれにせよ、時代は変わっていく。大事なのは組織が学ぶこと。」に、ちょっと気分スッキリ。

理解者、サポーターがいることに感謝して、前進、前進~。

三人よれば(Aya)

(静かに、Blog再開。)

きょう夕方の便で、HideがUSに赴任。スウェーデンから帰国して11ヶ月での再出発となりました。ドタバタ赴任にも関わらず、たくさんの大切な仲間にあたたかい祝福をいただいて、石川ファミリーの新生活の幕開けです。

娘Yuu8歳、最近のブームは「ことわざかるた」。

彼女に意味が分っているかどうかはさておき、その中に、最近のAyaに響いた1枚が。

「三人よれば文殊の知恵」。

私たち三人家族には、それぞれに凸も凹もあって誰1人完璧ではないけれど、いつも三人が一緒に生活して、限られた知能と、前に進む強いきもちと、たくさんの愛情を分け合っていることが大事なんだと感じています。

Ayaにとっては、1991年に留学から戻って以来、20年ぶり2回目のアメリカ生活。さて、どんな珍道中となるのやら。