2016/07/14

2016夏休み

気づけばYuuは13歳になり、夏休みも1ヶ月が経過。

今夏のプランは:

  • 6月中下旬:試合とトレーニング(第1シードで挑んだセクショナルは不甲斐ない4位)
  • 7月上旬:インターセクショナル(ナショナルレベル1の団体戦)に補欠メンバーとして参戦 in アラバマ
  • 7月中旬:全国クレーコート大会 in フロリダ
  • 7月下旬:フロリダで引き続きトレーニング
  • 8月上旬:Ayaの両親と妹一家が来加

というわけで、てんこ盛り。

昨日終了したインターセクショナルでは、北カリフォルニアは17チーム中3位という好成績を残すことができた。Yuuもレギュラー選手に比べて試合数が少なかったものの、3位決定戦では8試合終了時点で4勝4敗からの最終シングルスを6-4、7-6で勝ち、チームの勝利に貢献できたらしい。

親の同伴がない初めての遠征(13歳以上はそれが可能になる)、体調を崩しやしないか、無茶しすぎてまともな試合ができないんじゃないかと気を揉んだが、我が子、意外としっかりしていると見える。

1週間の遠征中、1日1本の携帯メールを寄越す以外は何も連絡がなかったのは想像の範囲内。自立を喜んでそうっとしておくべきか、寂しさを前面に出して追いかけるべきか。

今日はアラバマからフロリダに移動し、先回りしてフロリダ入りしているHideと合流予定。週末からはクレーコート選手権。14歳のレベル1大会は厳しいこと間違いなし。気負わずのびのびと、試合の楽しさを感じてきてほしい。











2016/05/11

母の日(Aya)

いつまでも幼くて甘えん坊の我が子には来ないと思っていた思春期(反抗期)が加速度的に始まっている。

何かと自分の世界に入る、部屋のドアを閉める、いつもヘッドフォンで音楽を聴いている、携帯電話が手放せない、口答えする、親と一緒に行動したがらない、時間管理がおろそかになる、容姿を機にする、何となく情緒不安定ですぐ泣く.......

Youのムードや反応に応じてアプローチを変え、上手に彼女をコントロールできるHideとは異なり、私はいつでもどこでも直球勝負。だから、衝突が絶えない。衝突が面倒くさいから、最近は教育的指導をHideに任せることにしている。

そんな中で迎えた母の日。なんとなく自分の青春時代も思い出して、両親にかけた心配を反省し、それでも自由にあれこれやらせてくれたんだなぁと改めて実感し、娘とは仲良くしておいた。


夕飯は近くのビアホールで美味しいビールとラムチョップに舌鼓。

まぁ、いろいろありますが、3人しかいない小さな家族の中で、妻なり母なりの役割を担えていることは、やはりこの上なく幸せなことなんだと、思った。

2016/04/08

アメリカで皮膚科 初体験(Aya)

少し前から気になっていたYuuの額のホクロ。それ自体は小さなものだし色も薄いんだけど、なにかにつけてひっ掻く癖がついてしまったものだから、細菌(バイキン)が侵入して周辺にイボがポツポツと出てしまっていた。

医者探し、予約、学校と練習と仕事のスケジュール調整など、もろもろが面倒で重い腰がなかなか上がらなかったが、自然治癒する様子も見られなかったので、ついに決行。

口コミサイトでなかなかの評判だったクリニックは予約3週間待ち・・・まぁ、急ぐ治療でもないし。

当日の施術は想像以上にスムーズで満足。初診だから当たり前だけど、初対面のお医者様はYuuのおでこを観察した後、「ホクロ自体は問題ではないけど、周りのイボは除去したほうがいいね。ホクロも、取ろうと思えば今日取れちゃうけど、どうします?」と。

当然、取るでしょ。3週間も待ったのだし。

「じゃ、一気にやっちゃいましょう。イボは液体窒素で凍結治療しますね。ホクロは局部麻酔で切除します。」

テキパキと準備が進み、その場で治療開始。モノの5分で終了。縫う必要がない傷だったので治療後も消毒と絆創膏だけで良いのだとか。多少痛みが伴ったであろう液体窒素も麻酔の注射も、Yuu的には「ほぼ感じなかった」のだとか。「痛みに強くて勇気のある子だね」とお褒めの言葉も頂いた。

イボはしばらくするとカサブタになって消失するらしい。ホクロはまだ傷が目立つが、これも時間とともに解決するのでしょう。

次は歯列矯正。お金がかかるなぁ。

大人の階段(Aya)

日本の友人たちの子どもが入学や卒業を迎えたというポストを見て気づく。Yuuも日本にいれば小学校卒業を迎えていたんだった。スウェーデン駐在中にソニーからもらったランドセルを引っ張り出して久しぶりに背負わせてみた。日本の学校に行くことがなかったのでピカピカのままの卒業。こちらの学校では7年生も残すところ1ヶ月半なので、進学というのはちょっとピンとこないが、何れにしてもこれにて正真正銘のチュー坊。おめでとう。
テニスの部では、2度目の大人のトーナメントにエントリー。なぜか第2シードをもらってしまうも、相手は強豪揃い。プレッシャーの少ない状態でパワーとスピードに対応する力をつけるには良い経験になるはず。

と、親子とも気負わずに臨んだのが吉と出たか、結果は優勝。

準決勝、決勝ともに大型プレーヤーとのフルセットを戦い、苦しい場面を何度も切り抜けて勝利を勝ち取ることができた。


フラットの豪速球を打つ相手には、スピンを使って左右に動かすことでストライクゾーンに入られないようにしたり、それでも打ち込まれてしまったらコンパクトなラケットさばきでカウンターを打ったり。

重いスピンボールを打つ相手には我慢強く、エラーの多いバックハンド方向に返球を集中させたり。

プレーの引き出しとそれを可能にする技術、筋力、体幹(バランス)が全体に少しレベルアップしたように感じる。観戦してくれたフィットネストレーナーの朱里ちゃんも、Yuuのフィジカルの向上を感じてくれた様子。

大人の大会だけに?優勝トロフィーに代わってワインをゲット。勝者曰く、AyaHideは飲んではいけないらしい(誰がエントリーフィー払ってると思ってんだ)。

2016/03/18

久々の週末の日常(Aya)

エルニーニョの影響で雨季がなかなか明けない。雨の合間の数時間、コートが乾くや否や、久しぶりの家族の日常を近所の公園で。

膝の高さに張られたロープ、50回で止めてるけど放っておくとまだまだ跳べる。脚力が数少ない武器だから、伸ばす。

バックハンドを高い打点で捉え、ダウンザラインに攻撃を展開する練習。



ディズニーとテニス(Aya)

転職から1か月。仕事は多忙を極めているが、手応えを感じている。疲れてヨレっとしていたり、食事がおろそかになったり(掃除は最初からしない)するのを見逃してくれる家族の支えにも助けられている。Yuuの試合が少ないせいで週末を自宅で過ごせるのも、退屈なようで実はありがたい。しかし、40を過ぎて転職など、するもんじゃない(笑)。

とある夜、この日だけは忘れまじと、早目に帰宅して出かけたのは学校。吹奏楽(音楽の授業)のディスニーコンサートは以前から楽しみにしていた。一番乗りで会場入りし、最前列を確保(思春期を迎ええつつあるYuuは、そんな両親に迷惑そうな嬉しそうな微妙な反応)。チビが功を奏してか最前列で演奏するマナムスメの姿を堪能することができた。


このディズニーコンサートには少々ほろ苦い逸話がついてくる。
音楽カリキュラムの一環として、吹奏楽、オーケストラに属する生徒たちは、年に一度ディズニーランドで演奏会をする機会が与えられる(例年このコンサートの翌週がディズニー旅行)。2泊3日のバスの旅、お友達と行くディズニーランド(丸一日は自由行動)は誰もが楽しみにしている行事のひとつで、Yuuも行く予定にして、申込を済ませてあった。が、そこに届いたのがテニス協会からの一通のメール。呼んでもらえたナショナルキャンプの日程が、ディズニー旅行と重なってしまったのだ。

「どうしよう〜」となんにちもかけて悩んだ末、「やっぱりディズニーに行きたい!!でも、キャンプに行く。」と決めたYuu。誘導するような発言を避けようとAyaHideともに努力はしたが、親の期待、コーチの期待を汲み取っての決断だったのは間違いない。すごく可哀想ではあるが、与えてもらった機会を逃させる訳にもいかず「いいよ、今回はディズニーに行きな」とは、言えなかった。

決めてしまえばケロりとしていたYuuだが、このコンサートがうまくいったことも受けて、行きたい気持ちが再燃!!しつつも、あまり表に出すことはせず、「実際、どっち取るかといえばテニスでしょ」と現実的な対応をしていたように思う。

木曜の午後に出発の3泊4日の遠征は、またもやHideが同行で私は留守番。今回はコーチのPhilも一緒に3人でのドライブ旅行となった。場所は奇しくもディズニーランドに近い南カリフォルニアのCarson。Team USAのシャツもだいぶ板についてきたYuu、貴重な機会に恵まれているということに感謝しつつ、逸した機会の分まで愉しんで来てほしい。


2016/02/02

近況いろいろ(Aya)

忙しい。と、思っているうちに1月が終わっていた。

多雨の冬の練習をどうしようかいろいろ思案して、屋内コートのクラブ会員の友達を頼って片道45分通ったり、ポイント獲得上とても大事な試合が雨で流れてしまって悔しい思いをしたり、東京出張で大雪に見舞われたり、ムラはあるけどすごくたくさん食べるようになったYuuの胃袋をどう満たすか考えたり、、、している内に1月が終わってしまった。

2月の予定を見通してみると・・・・。入れ替わるかのようにHideの日本出張、戻り次第ナショナル大会で南カリフォルニアに遠征、戻り次第YuuとHideはシアトルにトレーニング旅行、月末にはAyaに再出張の可能性、といった具合で、3月の到来もきっとあっという間なのだろう。

心身ともに成長著しいYuu、いよいよ親の言うことが聞けなくなって、それでも諦めないAyaHideからこっぴどく叱られる回数が増えている。学校生活は相変わらず満喫中。よく食べ、よく寝る。流行りの音楽を楽しんで聴いたり、髪型を気にするようになった。テニスが生活の80%を占めている状況はあまり変わらないけど、少しずつ思春期、自立への道を進み始めている。

我が家で最もつまらない人生を歩んでいる私にも、多少の変化が。
2月中旬から、同じ系列ではあるものの別会社に転職することが決まった。人型ロボットのビジネスを北米で展開するために最近設立された会社の人事の責任者として採ってもらえるらしい。通勤時間は倍になるけど、サンフランシスコへの電車通勤、愉しむしかない。



2016/01/04

アリゾナで年越し(Aya)

2016年あけましておめでとうございます。今年もよろしくご指導ください。

クリスマスから1月3日まで、2015年最後 兼 2016年最初の試合でアリゾナに遠征。Yuuにとっては12歳以下で出場する最後の試合でもある。年末も正月も返上して子どものテニスのために旅をする自分たちが立派に思えて仕方なかったのだが、会場にはそんな家族が500組超(128ドローが4部門)。みんな、本当にすごい・・・・。

想像以上に寒い砂漠のアリゾナ。しかも記録的に寒い冬らしく朝は零下でコートが凍るんじゃないかと思ったくらい。選手も親も、ますますすごい・・。

第5シードで出場できたものの結果は惜しくも6位。準々決勝で対戦した強豪には手も足も出なかった。豪速球で攻め込んでくる相手には、どうも動きが縮こまってしまう。今後14歳の部で戦っていくためには、克服必須の課題。




スピードについていける相手であれば、前後左右のコースの打ち分けやネットプレーの精度はだいぶ増してきた。全米レベルの大会ではまだまだ大活躍とは行かないが、今回受けた刺激も糧にして、今年も一年テニスという家族プロジェクトに取り組んでいこう。

備忘録:2015年12月31日時点 12歳以下全米ランキング 13位

宿泊でお世話になったのは25年前のアメリカ留学の時のホストファミリー。80代に入っても元気な2人には甘えっぱなしの一週間になった。Yuuは彼らを「おじいちゃん、おばあちゃん」と呼ぶほどなついている。しかし、アメリカの元気なシニアは食べる量も食べるものも豪快。何か日本食を作ろうかという話になりリクエストされたのはなんとカツ丼。ものすごい量食べてました・・。

次の再会はいつになるだろう。